サメが見えない「ジョーズ」の恐怖

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1975年6月にアメリカで公開され、
1ヶ月で6,000万ドル
(当時の邦貨で約180億円)
を叩き出す大ヒットとなり、

「ゴッドファーザー」などを含めた
それまでのあらゆる興行記録を塗り替えた映画。

それは、サメと人間の死闘を描く
ジョーズ(JAWS)」です。

同年12月に日本でも公開され
観客が殺到して、社会現象を巻き起こしました。

当時日本では
「ジョーズ」のヒットによって、
「ジョーズ」イコール「サメ」
というイメージが、多くの人に定着したことでしょう。

 

ご存知のとおり、
「JAWS」という英単語は
「サメ」という意味ではありません。

「JAW」とは
「歯のついた顎(あご)」です。
上顎と下顎を合わせて、複数形なので「JAWS」です。

つまり、映画ではサメの顎を意味しています。

 

ピーター・ベンチリーの
同名の小説の映画化で、
監督は、当時弱冠28歳(!)のスティーブン・スピルバーグ。

「ジョーズ」の大ヒットの後、
その流行に乗ろうとして、
様々な動物パニック映画が乱作されました。

そのため、「ジョーズ」は
動物パニック映画の先駆けのように
言われることがありますが、
単にサメを使った、奇をてらったパニック映画ではありません。

 

(以下ネタバレです (^-^))

観光を収入源とする
海水浴場のある小さな町、アミティ(架空の町)。

ある夜、
浜辺で火を囲んで
楽しんでいる若者たち。
その中のある若い女性が、
海に入り、沖に向かって泳ぎ始める。

すると、
突如水中の何かに襲われ、
引っ張りまわされ、
恐怖に絶叫し、
やがて、水の中に姿を消してしまいます。

翌朝、浜辺に打ち上げられた
その女性の遺体は、
体のほとんどが何かに食いちぎられた、断片のようでした。

死因はサメの襲撃とされました。

それからも、
海での犠牲者は続き、
最初は観光客が遠のくことを
恐れて遊泳をさせていた市長も、
ついに海岸を閉鎖して
地元の猟師のクイントに、サメ退治を依頼します。

警察署長ブロディ、
海洋学者のフーパーも加わり、
小さな漁船で、3人の男は海に出ます。

ここから、
クイントの漁船オルカ号で
海を疾走してサメを追いかける、
スピード感溢れる
海洋アドベンチャーが展開するのです。

彼らの個性はぶつかり合い。
やがて団結して、サメとの死闘を繰り広げる。

相手は、全長8メートルの巨大なホオジロザメ。

危険でアクティブな追跡劇。
その爽快感と、
逆にサメに追い詰められていく恐怖。

人間の予想の裏をかくように
現れては消え、または
船に激しく体当たりしてくるサメ。

いつの間にか、
自分も船に乗ったつもりになり、
誰も助けが来ない海で、
どうやったら助かるのかと、ハラハラする臨場感です。

28歳のスピルバーグが、
劇場用映画の2本目にして放った、
非常に完成度の高い映画です。

大ヒットした所以は、
サメという存在だけではなく、
大胆な脚本と緻密な演出、
そして俳優の力量にありました。

 

しかし、この「ジョーズ」もまた
「スター・ウォーズ」と同じように、
波乱万丈、苦難の連続の撮影現場だったのです ( ̄▽ ̄;)

 

完成した「スター・ウォーズ」をけなされまくったルーカス
あなたは今、何ヶ月もかけて作ってきた商品サンプルを、何人もの幹部の前でプレゼンテーションしています。その商品サンプル作成のために、あなたは、会社から予定の3倍も出資してもらい、それでも足りない分を自分のありったけのポケットマネーで補ってきました。

 

海の上での撮影という、
ただでさえ困難な状況のなかで、
肝心のサメのロボット(当時は今のようなCGはありません)が、故障で動かない。
スケジュールは切迫していきます。

あまりの過酷な撮影現場に、
心身ともに疲れ果てたスピルバーグは、
撮影の後に、
泊まっていたホテルで突然倒れ、
フーパー役のリチャード・ドレイファスに介抱されたそうです。

 

撮影が何ヶ月も続いた頃、
限界にきたスタッフの一人が
スピルバーグに聞いたそうです。
「撮影はいつ終わるのですか?」

するとスピルバーグは、
「僕がクビになって
制作が中止になれば終わるよ」
と言ったそうです (^-^:)

 

(「ジョーズ」の裏話は「1年で365本ひたすら映画を観まくる日記」サイトから抜粋・引用 メルマガ用に調整しています)

 

 
 
 
 
 
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サメの装置が動かない。

サメの映画なのに、
サメのシーンが撮れない!

スピルバーグは追い詰められます。
時間は容赦なく経過します。

そこで、彼はついに、
「サメのシーン」を「サメのいないシーン」にしてしまったのです。

「ジョーズ」では、
物語後半までサメは姿を現しません。

そのかわり、
カメラが「サメの目線」になって
水面で泳いでいる人に向かって迫っていきます。

これが、
「サメの餌食」となる人間を
見ているようで、
観客を恐怖に陥れる映像となったのです。

 

クイントたちが漁船で追跡するシーンになっても、サメの全身が見える場面は少ないです。

サメの体に打ち込んだブイが、
サメの信じられない威力によって
水中に沈んだり、

夜中に、サメがオルカ号に
体当たりしてきて、
小さな船が壊れるのではないか
という衝撃を受けたり(音と衝撃だけ)、

とにかく、
実態が見えない恐怖が
続くのです。

観客は、
見えないサメを想像して
まるで小説を読むように
恐怖を補完していきます。

この演出が、
真の恐怖を生んだのです。

 

今から数年前にNHKが
スピルバーグにインタビューしました。

インタビュアー
「ジョーズの撮影時に
今のCG技術があったら、
あれほど怖い映画にできたと思いますか?」

スピルバーグ
「いいえ。
(もしCGがあれば)
確かにサメの姿は良くなり、
撮影も簡単になったでしょうが、
映画は成功はしなかったでしょう。

サメの装置が壊れたことで、
私は映画全体を書き直して、
観客に恐怖を抱かせる
他の方法を考えなければならなかったのです。

それは、
サメがいるべきシーンに
あえてサメを登場させないという方法でした。
今のように、デジタル技術でサメを表現してばかりいたら、あれほどのヒット作にはならなかったと思います」

 

人(会社)の資金を使い、
容赦なく過ぎる時間と戦い、
限界まで追い詰められた彼が
それまでの常識を捨てて切り開いた方法。
それが、サメの見えない映像だったのです。

人がそこまで能力を全開にすると、新たな発明、新たな解決方法が出てくるのでしょう。

彼は、きっとそのとき、
思考のリミッターをはずしたのです。

 

映画とは、自分にとって
「生きていくためのものだ」と、
スピルバーグは言います。

彼はこう続けます。

映画「未知との遭遇」で
少年がドアを開けると、
その向こうにものすごい光があります。
これは今の私の姿でもあるんです。

私は、映画を制作しながら
未知の世界への扉を開いているのです。

向こうには何があるのか分かりません。
でも、その扉を開けなければ
私は生きていけないでしょう。

初めて映画を作った12歳の時と同じですよ。

今でもその時と同じ
ワクワクした気持ちで
毎朝目を覚ましているんです。

 

(インタビュー部分はNHK「クローズアップ現代」サイトから抜粋・引用 メルマガ用に調整しています)

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